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逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

逃げる太陽 ~俺は名無しの何でも屋!~

一年で一番長い日 51、52

スペアって何だよ?
俺は葵の言葉に一瞬唖然とた。それから、猛烈に腹が立ってきた。

「タイヤじゃあるまいし、その言い方は酷いな」
俺の声にこもる憤りを感じたのか、葵はくすっと笑って俺を見た。

「そうだよね。スペア・タイヤじゃないよね、俺たち。だから、怒って良かったんだ、芙蓉だって。でも、やっぱり自分は異常なんじゃないかっていう不安とか後ろめたさがあってさ--」

葵は眠る夏樹を見つめた。
「まだ十六歳だったし。その頃は親って絶対の存在だったから、黙って家を出て行方を晦ましたって言ってた」

「行方を晦ましたって、じゃあ芙蓉くんは今までどうしてたんだ?」
俺はもしののかがそんなふうに家を出て行ったらと思うと、他人のことながら気が気ではなかった。

「トシをごまかして、その手の店で働いてたってさ」
「って、ゲイバーみたいな?」
「そう」
葵は頷いた。

「どっちかっていうと、女装バーみたいなところ。知ってる?」
「えっと? ニューハーフのいる店かな?」

「ちょっと違う。ニューハーフもいるけど、芙蓉みたいに男なんだけど単に女の格好がしたいだけってのは他にもいて、そういうのがその店の中だけで女装するんだよ。外に出たら変態って言われるけど、店の中から外に出なければいいんだし。ま、趣味のサークルみたいな感じらしい」

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「しゅ、趣味のサークルか・・・」
俺は突然現れた未知の世界に腰が引けそうになった。

「俺も実はよく分かってないんだ」
葵は息をついた。

「でも世の中にはいろんな人間がいるんだし。そう言えばさ、ちょっと前に女装して電車に乗って、身につけてた女物の下着だったかを乗客に見せて捕まった中年男がいただろ? そいつが芙蓉の働いてるような店のことを知っていれば、そんな事件を起こすようなことはなかったんじゃないかって芙蓉は言ってたよ」

「うーん・・・」
俺は唸った。
「俺には分からない・・・ごめん」

「別に謝らなくてもいいんじゃない? 分からないものは仕方ないしさ。俺だって自分なりになんとなく理解しようとしてるだけで、本質的には分かってないんだと思うし」

「えっと。制服フェチっているけど」
俺は考えながら言った。

「警官の制服が好きで大好きで、帽子とかも通販で買って、自分の部屋でコスプレしてるヤツ、いるよな。その格好で外に出れば逮捕されるけど、家から出なければ誰も文句を言うことはできない。それと似た感じ? 女装したくらいで逮捕されることはないだろうけど・・・なんていうのかな。秘密の楽しみ?」

「あ、そうかも。秘密の楽しみ。女装バーにはそういう同好の士が集まっているわけだ」
葵はにっこりと笑った。

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「女装バーはいいとして」
俺は眠る子供のあどけない顔を見た。

「夏樹くんが芙蓉くんの子なら、お母さんは・・・?」
十六歳だろうが、やることやれば子供は出来る。この子の母親はどうしたんだろう。俺の問いに、うん、と頷いて葵は答えた。

「夏樹の母親はいわゆる男装の麗人ってやつで、その女装バーでバーテンをやってたらしい。ちなみに、彼女も性嗜好はノーマル。芙蓉と並んで立つと、美男美女だったらしいよ」

「へえ・・・」
俺の頭はちょっとぐるぐるしかけたが、なんとか耐えた。

「結婚式は、もちろん彼女--日向夏子さんが新郎の格好で、芙蓉がウエディングドレス姿だったっんだって。すごい似合いの新郎新婦だったって芙蓉が自慢してた。俺も見てみたかったよ、芙蓉の花嫁姿。俺がバージンロードをエスコートしたら面白かっただろうな」

「そ、そうかもね」
葵の考えは確かに面白い、かも。ちょっと頭が痛いような気がするけど、ま、いいや。なんだか幸せそうな感じだし。

「夏子さんは夏樹を生んだ時三十歳だった。年は離れてるけど、仲は良かったらしい。芙蓉が十六歳じゃ式だけで正式な結婚はできなかったけど、十八歳の誕生日に籍を入れたって。芙蓉が婿養子の形で入籍したから、あいつは今、高山芙蓉じゃなくて日向芙蓉なんだ。それにしても・・・」

突然葵はぷっと吹き出した。

「俺たちの名前が逆でなくて良かったよ。<日向葵>って書いたら、<ひゅうがあおい>じゃなくて<ひまわり>って読まれてしまうと思わない?」

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俺は漢字を思い浮かべた。
「あー、確かに。<ひまわり>って読んでしまうだろうなぁ」

「でしょ?」
葵は笑った。

「どっちにしても、俺たちは花の名前だけどね。母さんがつけてくれたらしいけど、覚えてないや・・・少女趣味だと思うけど、俺も芙蓉も自分たちの名前は気に入ってるんだ」
葵の声は少し寂しげだった。

「かわいそうに、夏樹も俺たちと同じ。二歳になるかならないかの時、夏子さんが病気で亡くなったそうだ。それ以来、芙蓉は男手ひとつでこの子を育ててきたんだって。夏子さんは女装バーのオーナーでもあったから、経済的にはあんまり困らなかったらしいけど」

「夏樹くんは、じゃあまだ四つかな?」
「うん。もうすぐ五歳だけどね」

「俺の娘は五歳だ。学校だったら同じ学年か、夏樹くんのほうが一学年下になるのかな。言葉は女の子の方が早いっていうけど、夏樹くんはおとなしいね」

「絵本を読んで聞かせたりはしてるんだけど、ちょっと引っ込み思案かな。でもかわいいよ。叔父馬鹿かもしれないけど」
葵は笑った。

【お花付き】入園・入学のお祝いにお子様が描いたり作ったりした作品を一冊の作品集に致します。

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prisonerNo.6は<村>脱出を図るため、明日と明後日は休むことにした。体調によっては明後日も戻って来れないかもしれないが、どうせ<村>からは逃れられない。
明日の今頃は、東京方面行きの夜行バスに揺られていることだろう。・・・眠れるだろうか。



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